2011年3月29日火曜日

インドの道路事情 in リシュケシュ

おおぉぉーっ!!!
やるか、このヤロウ!
これは何気ない毎日のひとこまです。
以前、DIUって島でよく乗っていましたが、今おもえばやっぱりあそこはインドでありインドでなかったんだとおもいます。本来のインドは...ため息がでます。
みなさん、免許証を取りに行かれたときのシュミレーターって覚えてますか?
あの、
「いやいやいや、ここで子供飛び出さんでしょう(笑)」
ってやつです。
一言でいえば、
シュミレーター、レベルMAX!!(飛び出し上等 + 牛、馬、犬、猿etc...)
&テールランプ・ウィンカーなし(全体の60%)
&夜、ヘッドライト付けてない(20%)→節電??
&反対車線を走る(あたりまえ)
&いきなり停まる→故障?ガス欠??
&大型トラックの飲酒・大麻・寝不足での事故(たまに見る)
&ありえない穴!・段差(←強制徐行させる措置のひとつ)
極めつけは、
無免許!(40%〜60%)!!!
免許証は、高校卒業と同等にあたる 12クラス以上の学歴がないともらえないみたいです。お金払って申請すればもらえるみたいです。え?自動車学校は??ご想像にお任せします。
みんな、ノーヘルメット。そして、映画が大好きなインドスターさながらの彼らは、目立つの大好き!ものすごくトバシます。若いコは8歳くらいから自転車代わりにバイクに乗ります。
そして、路線バス。
定期航路の路線バスは、道中の警察にワイロを払っています。
先日、友達がバイクで遊びにきてくれた帰り道のことでした。
無理に追い越してきた路線バスがバイクに接触!幸い大事に至りませんでしたが、バイクのキャリアが破損。バスは何事も無く走り去ったみたいです。これは、男なら許すことはできません。追いかけてバスの前に停車させて、警察に連れて行ったみたいです。しかし、ヒンディー語で何やら会話したかとおもうとバスの運転手はバスに乗って行ってしまったようです。
そこからでした。
ノーヘルメット・・・200ルピー
キャリア・・・違法??200ルピー
結局、いちゃもんつけて小遣い稼ぎです。おまけに英語は通じず。
隣の道路をノーヘルメットでインド人が普通に通ります。交番に立ち寄ったインド人も警察もノーヘルメット。
もちろん、まともな警察の方々もいるのですが、基本、この国の警察はマフィアです。弱い物の味方?正しい者の味方?いいえ、お金をくれるひとの味方です。
そんなインドでのモーターサイクル・ダイアリーズではありますが、一歩ふみこんで人里離れた山小屋でチャイ飲んだりするのは、やっぱりバイクならではです☆★





















日本の道路事情にもまれること12年。
まさるの安全運転MAXに、ぽえーってしてるあかねちゃんを乗せてサブちゃんとともに、色々な出逢い&景色&想い出をつくりながら、とにかく無事に帰国出来ることだけを目標に、モーターサイクル・ダイアリーズがはじまります☆★
<まさる>











バイク買いました! in リシュケシュ

モーターサイクル・ダイアリーズに再び火がつき、DIUからまる2日かけてプシュカルに戻ってきて、3週間探して結局買わず、かれこれ探し続けて4ヶ月。リシュケシュに着いて2日目で買いました!買うときはこんなものです(笑)



まさるたちは、ロイヤルエンフィールドのBULLETってバイクが欲しかったのですが、あいにくあったのはサンダーバード。アメリカンタイプのバイクです。
んんん〜〜、これはイヤだ!
荒野の中、どこまでも続くフリーウェイを走るようなバイクで標高5,000mオーバーのヒマラヤ山脈を越えるのはキツい。
サンダーバードをブレットに変える大改造(?)が始まりました。




年式:2006年で、
ハンドル
ガソリンタンク
前後タイヤフェンダー
サイドカバーの塗装
エンジンガード
マフラー交換
スピードメーター
必要書類&自賠責保険
後ろタイヤ交換 etc...で、49,000ルピー(88,000円)☆★
そんなこんなで、こんななりました☆





んん〜、ナイス!!
バイク屋さんでも道ばたに止めてても、
「?? これはブレット?」
そんな感じになりました。
サンダーバード x ブレット
サンダー x ブレット
サブレット
サブちゃん!!あかねに名前をつけてもらって元気いっぱいです♫
テストコンディションもかねて周辺を500kmくらい走りました。
結果、
クラッチワイヤーがちぎれる
キャブレターのセッティングがおかしい
プラグ交換
エンジンオイルを潤滑させるポンプの不調
エンジンからイヤな音がするなぁ...?
→エンジン内部のタペットが折れて歯車に食い込み、17km押してバイク屋さんまで。はぁぁ......下りが多いとは言え、心細さと疲れはたっぷりです。結果、
エンジンバラして組み直し。再度チェックして怪しいとおもわれるパーツは全て交換。→全く別もののようにサブちゃんが元気になりました☆



ここまでにかかった費用、5,000ルピー(9,000円)でした。
どこか知らないところで壊れることを考えれば、んんー、ここでよかった♪
そんなこんなでもう少し、テストコンディションは続きます。
<まさる>










インド・ふたりの足跡



<バラナシ>
ババ・G.H                                ★★★☆☆
1泊 200ルピー(360円)    ホットシャワー/ok!!  Wi-Fi/ok!!
<場所>
バラナシのメインガートから徒歩5分。
ここは、1Fと2FでWi-Fiが使えます。(フリー。インドは少ないです。)
オーナーの奥さんは韓国人。でも、70%日本人の宿泊客です。接客は?です。バラナシは、日本社会を持ち込んだ感じの縦社会的な、団体行動的な感じがすごく感じられました。人見知りな自分たちは、なかなかとけ込めず、出る前日に仲良くなったチベットを越えて来られたみんなと知り合って、このG.Hでよかったとおもう様になりました。みんな、thank you !!






<リシュケシュ>
ナマステ インディア コテージG.H        ★★★★★
1泊 180ルピー(320円)    ホットシャワー/ok!!  Wi-Fi/なし
<場所>
ラクシュマンジューラ橋方向に、オートリクシャ(バスターミナル〜10ルピー)で行くと、大きなドームを過ぎて、最後に停まるところ。から、左手にのびる坂道を100m上った左側
ここは日当りがよく、ガーデンがあって、静かで、日本人ツーリストが少なくて、極めつけは、共同キッチンあり!!居心地は最高です。近くにはスーパーがあって、醤油も手に入ります。






<プシュカル>
HOTEL HILL VIWE                        ★★☆☆☆
1泊 150ルピー(270円)    ホットシャワー/ok.  Wi-Fi/なし
<場所>
アジメールからバスに乗って、プシュカルのバススタンドに着くと、前の通りを左に300mくらい戻った、カーブ手前の左の小道を入ったところ
アジメールのバススタンドで、プシュカル行きのバスを待っていた時に仲良くなったインド人の青年おすすめのゲストハウス。可もなく不可もなくって感じ。ただ、12月ってこともあり寒い!&日当り悪いので2泊でチェックアウト。






<プシュカル>
HOTEL MOON LAKE                        ★★★★☆
1泊 200ルピー(360円)    ホットシャワー/ok.  Wi-Fi/なし
<場所>
サンセットカフェ(メジャーどころ)の通りを、奥に入っていくと左手にあります。
自分たちが最初に泊まっていたroom No,121は、部屋がでっかくて日当り&眺め最高でした。少し外れているところなので静か。ガーデンでかい!!
このNo,121は、シャワーの水量が(?)でした。









<ジョードプル>
HOTEL HILL VIWE                             ★★★☆☆
1泊 250ルピー(480円)    ホットシャワー/ok!!  Wi-Fi/なし
<場所>
街の中心地・時計塔に続く道を道なりにまっすぐ。突き当たりにT字路を左に100m。左手に小さいお店があるY字路を右手に上って行きます。
メヘランガル砦の真下&正面には時計塔とタージマハル・パレスが見えて、ジョードプルが一望できます。とても居心地がよく、オーナーのザフランさんも気さくでした。







<ジャイサルメール>
デザート ハーベリー G.H                ★★★☆☆
1泊 200ルピー(360円)    ホットシャワー/ok.  Wi-Fi/なし
<場所>
バスでジャイサルメールに着くと、自分たちにとっては今までで最悪の、タチの悪い、人を小馬鹿にした、とてもシツコイ客引きが群がってきます。彼らについて行くと、条件はどうであれ、平均プライスの4、5倍のキャメル・サファリ(ラクダに乗って砂漠を見に行くツアー)を組まされます。断ると、
「じゃぁ、その値段では泊められない。出て行け!」
こんな調子です。
まず、歩いても行けますが城内入口まで1kmくらい(オートリクシャで20ルピー)行って、城内を道なりに300mくらい入って行くと広場があります。その奥のパラダイスG.Hの前の通りを150mくらい歩いて左の小道を入ったところです。
ここは迷路みたいになっているゲストハウスで、自分たちは部屋の一角に吹き抜けになっている中庭(?)つきの部屋に泊まっていました。以前来た日本人は1年半前らしく、隠れ家みたいなおもしろいところです。ただ、やっぱりここはジャイサルメール。メインスタッフのアラジンはいいのですが、まさる的には他の2人は常識の無いスタッフでした。G.H自体はとてもおもしろいです♪








<DIU> 〜グジャラート州南の小さい島〜
HOTEL アンカー(109号室)             ★★★☆☆
1泊 300ルピー(540円)    ホットシャワー/ok!!  Wi-Fi/あり(?)
<場所>
DIUのバザールのどこか(笑)
夜の20時すぎに着いて、全く土地勘がなかった自分たちがふらりと着いたHOTEL。夜の21時を過ぎると、どこからともなく.....Wi-Fiが飛んできます!!たまに!!!




<DIU> 〜グジャラート州南の小さい島〜
ニレッシュ G.H                            ★★★★★
1泊 250ルピー(450円)    ホットシャワー/ok!!(海水?)  Wi-Fi/なし
<場所>
DIUのバザールのどこか(ゴメンナサイ)
ここの接客は最高です。2階はちょっとグレード落ちて200ルピー、3階は↑↑↑で300ルピー。自分たちは、なにか手違いがあったらしく3階に250ルピーで泊まれることになり、3週間泊まってました。ここは、「HOTEL」です!!



















THUNAMI coming JAPAN in リシュケシュ


バイクを探してここ、リシュケシュに戻ってきました。
リシュケシュはプシュカルと同様に2回目、3ヶ月ぶりではありますがなに不自由ありません。ゲストハウス、買い物、おいしいイタ飯屋さん(?)etc...まさにインドでのホームタウンであります。インドの友達もたくさん。そんなリシュケシュで2週間が経った夕方のことでした。
母親から電話がありました。
「日本は地震&津波が来て大変なことになっているよ。」
電話越しのその声にはどこか元気がありません。震源地に近い東京には、あかねの弟もいます。海外で縁あって知り合った友達もたくさんいます。
「これは大変なことになった。」
何がどうなっているのか全く分からない自分たちは、大きな被害が出ていないことを願いながらインターネット・カフェへ急ぎ足で行きました。
道中、なじみのお店を通りかかったとき、
「おい、まさ!こっちに来い! 日本がテレビに出てるぞ!」
そのニュースは圧倒的でした。
インドは映画大国で、何もかも映画。映画が生活にとけ込み、男はみんなサングラス。女の子は、バイクの後ろに乗るときは横座り(サリー着ているのも理由の一つ)。
そのニュースも映画仕立てでした。効果音、スローモーションに早送りを巧みに織り交ぜてとっても恐ろしい感じでした。
早々にお礼を言ってそこをはなれました。ネットカフェに向かう足取りは、いっそうに早くなっていました。
いつものネットカフェに行くと、通信網の不具合でインターネットが使えませんでした。お店の彼が、テレビのところに連れて行ってくれました。
見れるところは、NHKが見れたりBBCニュースが見れたりするのですが、ここは写らず、結局インドのニュースでした。
ヒンディー語をまわりにいるみんなが通訳してくれます。
その光景は凄まじく、全くもって日本とはおもえない映像でした。
インターネットが使えるようになって、せめて日本国民としてみんなと同じ視線、情報の把握、祈り。海外にいる自分たちはそれくらいしかできませんでした。
あかねの弟は無事でした。
物であふれた今の世の中から、幸せを減算して、本当の幸せをもっともっと、深く、深く掘りさげていくと最後は、家族&友達なんだなぁとおもいます。
自分たちは海外にいて、そういう意味では家族や友達には心配かけっぱなしです。
いま、自分たちに出来ることは、お互いに助け合い、支え合い、ここにある「家族」が無事にみんなの待つ日本まで帰ること。これに尽きると改めて実感しました。
被災された方々、またその友人や家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。
当事者でないとはいえ、きっと遠くはなれたあっちこっちにいる日本人の祈り、日本だけではなく海外の人種・宗教をこえて色々な人たちから送られてくる想い。
いま、また改めてみんな一致団結して、物であふれたナーバスになりがちな祖国が、原点帰化して前に進む促進力になればともおもいます。
それからというもの、バイク屋さんのオーナーから電話があったり、道行く人たちからたくさんの励ましを頂きました。
最後には何が残るんだろう?
宗教、人種、身分、性別、肌の色、瞳の色......
人間の暖かさにふれたリシュケシュでした。
<まさる>

2011年3月3日木曜日

戻ってきちゃいました in プシュカル


おひさしぶりです☆
最近、ブログを書くのをあかにゃんに任せっきりにしている、まーです。

はっしーのリクエストにお応えして♫「モーターサイクル・ダイアリーズ」をすることになりました(笑)
自分たちは、インドに入ってからの1ヶ月半の間、あっちこっちでロイヤルエンフィールドってバイクが買いたくて探して旅していました。リシュケシュで見つからず、デラデュンでも見つからず、南に800km下ったプシュカルでも見つけられませんでした。見つけられなかったっていうのは、まさるは日本でもW650ってバイクに乗ってる、根っからの「バイク好き」&妥協ができない性分も手伝って、「まぁ、これでいいや。」ができません。おぉっ!これいいじゃん!!っておもっても、車検証とかセールレターやらが揃っておらず買えなかったり。ちょっと道はそれますが、インドでバイクを買う旅行者の方々に、自分が感じたことを書いておきますね☆
まず、「ペーパー」です。
インドの人たちはこう呼んでいますが、これはバイクの書類にあたるものです。まず、車体情報が書いてある書類、そして、使用者証明の書類、オーナー証明書です。自分たち外国人はインドでバイクを買う際に名義変更が出来ません!オーナー(所有者)はインド国籍の人しか変更&登録、出来ません。そのインドでバイクを買ってツーリングする際には、「使用者」証明する書類が2つ必要になります。1つは、セールレターとよばれるものです。これは、誰が誰にバイクを売りました。って書類です。そしてもう一つがバイク経歴の書いてある、リコメンド・レポートって書類です。これは、上の方から順に、
★インド国籍のオーナーの名前&住所
★ナンバープレートのナンバー
★フレームナンバー
★エンジンナンバー
★2ndオーナーの名前&パスポートNo、住所
★3rdオーナーの名前&パスポートNo、住所
って具合に続きます。そして、最後に自分の名前etc...入って、完成です。ツーリスト同士の売買の際は、このセールレター&リコメンド・レポートが途切れる事なく数珠つなぎになっていないといけません。自分たちが色々な機会にあってきた結果、イスラエル人のツーリストは、これを無視しがちで、ちゃんとしたペーパーを持っている人に会ったことがありません。ツーリスト同士での売買の際は、(要)確認です。
インド人orお店で買う際は、インド人オーナーの顔写真が付いたオーナー証明書と車体情報が書いてある書類。後は、セールレータ&リコメンド・レポートを買う際に作成すればOKです。そしてこれも余談になりますが、インドでは15年に一度、なんかしらの更新が必要のようです。このとき、その15年間の未払いがあると更新できません。よって、15年目にあたる使用者は未払い分の支払い、そして5,000ルピーを納めなければなりません。また、この手続きが複雑でバイク屋さんで代行でしてもらう際の手数料も自己負担です(笑)もう踏んだり蹴ったりですね!!この「15年目の悲劇」にも注意してください☆★
そして、次はコンディションです。これは難しいっ!!!
外見はキレイ♪.....インド人の得意技です。
外見はいくらでも&簡単にキレイになります。大切なのは男も女の子も「中身」です。外見も大切ですけどね(笑)
次に紹介するのは、
「このバイクは全部交換して、goodコンディションだっ!!」です。
これもインド人の得意技です。どうせ分かんないや♫的なノリで、平気で言います。要は、「信じられるのは自分だけ」という、どう転んでも後悔しない最後の選択だけが道を開きます。この「goodコンディション」攻撃にはあきれました。
まさるがバイクに乗り始めたのは、16歳のときでした。それから11年間、自分で出来る整備は自分でやってきました。結果、「goodコンディション」攻撃が一番あきれます。
「日本では整備士をしていた。」
「バイクの輸入業者をしていた。」etc...こっちも負けじと嘘にはウソを(笑)少しはちゃんとした対応をしてくれるかもしれません。ここはインドです。このインド文化的なやりとりが馴染んで、パターンが読めるようになってくると、楽しめる「旅」が出来るようになる「気」がします。信頼できるインド人の友達に付き合ってもらってバイク探しもいいとおもいます。山の中、畑のど真ん中、突然の故障は避けたいものです。
コンディションにもよりますが、2011年現在、
BULLET 350
 年式70年〜2002年モデル →〜40,000ルピー(〜74,000円)
 年式2004年〜モデル    →〜50,000ルピー(〜92,000円)
です。70年〜2002年モデルは、ほぼ生産工程が同じです。よって、コンディションが重要になります。ギヤは右足で4速になります。
2004年以降のモデルは、ギヤが日本と同じ左足の5速になります。そして、Fブレーキがディスク・ブレーキになりプラグのポイントが電子制御、その他etc...以前のモデルと全く違います。サンダーバードと呼ばれるアメリカン・モデルも2004年以降のモデルになります。燃費は35〜40km/Lってとこです。
はなしはだいぶ(笑)それましたが、ここプシュカルで出会ったバイクがありました。





これです。この赤いのです。始まりは、泊まってるゲストハウスの近くのサンセット・カフェにいた日本語が流暢なインド人でした。他のバイクをテストコンディションしている際に、「そのバイクはよくないよ。」から始まりました。
彼の名前は、「ラタン」です。使い分けているのか?ニックネーム「ジョニー」です。だいたい帽子をかぶっています。これが悪夢の始まりでした。。。
ラタン自身、2009年式のBULLET(赤)に乗っていて、もう1台持ってるとの事。あなたが買うなら、あなたの目の前で全て直して42,000ルピー(77,000円)で売ってくれるとの事!おぉ、ラッキー☆★次の日から隣町のアジメールまで片道30分。毎日通って8日間。その間、あかねは部屋でお留守番です☆

<変える事になった部品>
Fフォーク
Fタイア&チューブ
Fブレーキワイヤー
Rショックの修理
Rタイア&チューブ
F&Rリム(ホイール)調整
クラッチ板
クラッチワイヤー
スピードメーター修理
スピードメーター・ワイヤー取り付け
ブレーキランプ&ウィンカーの電球交換&配線取り付け
ヘッドライトの電球交換
イグニッション(鍵穴)の交換
ガソリンパイプに鍵取り付け
Fスプロケット(歯車)&Rスプロケット交換
チェーン交換
エアクリーナー
プラグコード
マフラー交換(もっといい音に♪)
ステップ4本交換
その他、etc..




極めつけは、全塗装です。考えた末に、オリンパス・ホワイトって色に決めました。




それでも調子があまりよくありません。アイドリング(停まってエンジンがかかっている状態)が安定しないで、すぐエンジンが止まります。また、エンジンからのノイズがハンパないです。整備工場のあるおじさんが、ガソリンタンクにオイルを入れて、これで、「だいちょうぶだ!」って整備が施された次の日の朝、エンジンが全くかかりません。原因はオイルをガソリンタンクに入れたから。はぁぁあぁ........。ガソリンをキャブレターってとこに送るパイプがオイルで詰まっています。ないわぁw
そのまま30分、オイルの詰まりを取って、なんとかエンジンかけて修理工場です。毎回、違う所に行っています。最後に訪れた初めての整備工場は、今までで一番よかったとこでした。

エンジンのタペット交換
オーバーホール (分解&交換&洗浄)
カムシャフト&その他歯車の調整

エンジン整備で、+3,000ルピーの、45,000ルピー(83,000円)になりました。




この作業をしている日は、あかねも一緒にいました。
1週間ちょっと前から、あっちこっち行って、直して、全塗装して外見&コンディション共に見違えるようになりました。結果、最初の金額+3,000ルピーになりました。いや、45,000ルピーになったけどそれはそれでOKです。ところが。おや?ラタン氏の様子がおかしいですよ?
「いやー、ほんとにgoodコンディションですよ!」
「そうだね!やっとここまできたね♪」
この会話が始まったのが全塗装が終わってからのことでした。




そして、エンジンをバラして組おわって、ラタンおじさんが放った一言。
「いやー、ほんとは私は売りたくないですよー。goodコンディションだよ!他の人だったら、55,000ルピー(101,000円)でも簡単に売れますよ!」
この会話が30分に1回のペースで襲ってきました。
..................もう、ウンザリだ。色々と我慢してきたが、我慢の限界だ。
「わかった、いらない。買わないよ。あかね、リシュケシュに探しに行こう♫」
そう言った時の爽快感といったら、そりゃもう!我慢してたんだなぁ。




「もう売らないで、このバイクは手元に置いときますよ♪」
そういうことで買いませんでした。ここまでして。全塗装までして(笑)。
その帰り道、電話がかかってきました。ラタンさんからでした。
「もうバイクの買い手が見つかりましたよ、50,000ルピーで!!goodコンディションだよー!」
あれ?結局売るんかいっ!!なんだ、このひとは。そこから1kmくらい歩いてると、途中ラタンおじさんに会いました。イスラエル人のまさるの友達と話しています。彼もバイクを売りたくて、買ってくれる人を探していました。彼のバイクにラタンは、「最悪のバイク」のレッテルをすでに貼っていました。その2人が話をしています。
「どうしたの?」
「いやー、このインド人が俺のバイクを買うって言うんだけど、俺はこいつには売らない。コイツはスネーク(言ってることが二転三転する八方美人の意味)だ!」
あかねが聞きます。
「ラタンさん、バイク買うの?」
「そうですよ、ビックビジネスですよっ!!」
なんだ、こいつは??
結局、そんなこんなでスネークなラタンのBULLET 350は買いませんでした。「修理代でお金がなくなったから貸して」と言われ貸した、1,000ルピーと修理代650ルピーも返す気がないらしく返ってきませんでした。いい授業料だとおもえばそれもよしです。そんなこんなで、リシュケシュ行きの列車のチケットを取りにアジメールまでバスで行きました。




自転車でもいいかな?




いやいや、はっしー?よしさん?ブログを見てくださっているみなさま。
まだまだ続きますよーっっ!!!
次は、戻りに戻って、リシュケシュです(笑)☆★
<まさる>